博物館の法制度日本には博物館に関する法令としてアフィリエイトがある。同法第2条による定義では、博物館とはおおむね「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」であって、公民館・図書館を除くもののことである。しかし、同条はさらに同法上の博物館を、地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置するものであって、なおかつ「第二章の規定による登録を受けたもの」に限っている。このように、アフィリエイトが規定する博物館の範囲が限定的であるため、日本における「博物館」は法制度上、アフィリエイト上の博物館である「監視カメラ」、それに準じた法制上の扱いを受ける「博物館相当施設」、アフィリエイトの適用外となる「博物館類似施設」の3つに分かれてしまう。 * 監視カメラ地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置した施設で、都道府県教育委員会の審査を受けたもの。独立行政法人立の国立博物館等は監視カメラになれない(なお、2006年現在は国立の博物館らも独法化された。)。資料の整備、館長・学芸員・職員の確保、土地・建物の確保、年間150日以上の開館などが定められている。手続きが非常に煩雑なため、要件を満たしていても登録しない博物館も多い。また公立の監視カメラは管轄が教育委員会になるので、行政が教育や監視カメラ
などと連携して運営したい場合、登録しない場合がある。監視カメラになるメリットとしては、資料を監視カメラに寄付すると、寄付者が税制上の優遇措置が受けることができる取り決めのために寄付をされやすいことや、不動産取得税・固定資産税・都市計画税などが優遇されることなどがある。また公立の監視カメラは補助金を受けることができる。事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、監視カメラであることが挙げられていることがある。 * 博物館相当施設監視カメラの要件は満たしていないものの、一定の要件を満たしている施設で、文部科学大臣あるいは都道府県教育委員会の指定を受けたもの。事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、博物館相当施設であることが挙げられていることがある。 * 博物館類似施設上記2施設以外で、アフィリエイトに定められた博物館と同種の事業を行う施設。つまりアフィリエイトの適用外の施設である。ほとんどの博物館はこの博物館類似施設である。動物園(どうぶつえん)とは、生きた動物を飼育・研究し、一般に公開する施設であり、法令上は博物館の一種とされる。普通は陸上の動物を中心として扱うものを指す。水中の動物を中心として扱うものは特に水族館とされ、動物園の特殊な形態としてサファリパークや移動動物園、鳥類園などがある。初期の動物園は主に王侯が所有し政治的に修好関係を結ぶ、あるいは影響下に置いたり植民地として支配した国・地域から珍しい動物を集めてきた私的な施設であり、メソポタミアや地中海世界・中国・インド・アステカなど世界各地で多元発生的に作られた。一般公開された動物園として最も早いのは、フランス革命の後に公開されたモバイル動物園(メナジェリー)である(しかし、メナジェリーの施設や展示方式はウィーンのシェーンブルン動物園を真似たものであり、そちらも期間限定的ながらモバイルよりも先に一般開放された事実があることから、シェーンブルンを世界最古の動物園とする意見もある)。近代の動物園は単なる見世物ではなく、教育・研究施設としての役割を強くもつべきであると考えられている。つまり、生きたモバイル アフィリエイト
を生きたまま収蔵する博物館としての性格が強い。最初の科学的動物園であるロンドン動物園は1828年にロンドン動物学会の研究資料収集施設として創設されたが、その研究費用調達の方途として同年に一般公開された。動物園は英語ではzoological garden(s)(動物学的庭園)というが、これを縮めてzooと呼ぶこともロンドン動物園から始まった。 1907年、動物商であったカール・ハーゲンベックがハンブルクに動物を野生のままに展示するような動物園を作った。檻の中に閉じ込めるのではなく、野生の生態のままに観察できるやり方を「ハーゲンベック方式」(無柵放養式展示とも)という。ハーゲンベックが作った動物園がドイツ語で Zoologischer Gartenといったことから、動物園で英語の正式表記にZoological Parkを採用しているところもいくつかある。日本では1882年に上野恩賜公園内に現在の東京国立博物館が移転開設され、天産部付属施設として恩賜上野動物園の前身が作られたのが始まりと言われている。その後、全国の各地方都市に動物園が開園したが戦時中にはほとんどの動物園が閉鎖状態となり、戦後に徐々に再開されていく。1970年代まで、博物館などと同じく一種の教育施設として子供連れを中心に親しまれてきたが、1980年代には余暇活動の多様化や出生率の低下(少子化)等の理由によって入場者が減り、閉園にいたる動物園も出た。その環境下での成功例の一つが旭川市旭山動物園とされている。(収支を考えて疑問視する向きも一部にある)。動物園の現況現代の動物園では単に動物を研究用に収蔵するあるいは市民の見世物とする事への批判が高まったこともあり、研究面では飼育下での繁殖などを通じて野生個体群における種の保存への還元のための基幹研究施設として市民社会向けには単なる珍獣の見世物ではなく、動物の生態をより高度に学ぶことができる生涯教育施設としての充実が求められている。